心の隙間

 心の隙間というかなんというか。

 ぼーっと歩いていたのか、何か考えながら歩いていたのか、声をかけられました。

 自転車に乗ってあちこち巡っている男性二人組。あえてなにかは書かないけれど。
 しょっちゅうではないのですが、何年かに一度は声をかけられるのでした。

 ときたま道を尋ねられたりはするけれど、声をかけられやすいタイプということもないような。なので何年かに一度なのか。
 こういうときは、助けを求めるようなオーラでも出ているのかな。それか隙があるとか。

 たまたま周りに人がいなかったので白羽の矢が立てられたのだろうか。

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いじめっ子の親は刑務所行き

 親の責任というのはあるのだろうなあ。

いじめっ子の親は刑務所行きになる条例、ニューヨーク州で施行される
http://www.huffingtonpost.jp/2017/10/29/bullying_a_23259554/

 日本でもいじめは繰り返されていますけれど、なくなる日は来るのだろうか。


 親に復讐するつもりでわざといじめをする子供もいるのかな。


 親に責任があるという人だったり、反対に親と子は別の人間なので親に責任を負わせるのはおかしいという人と、いろいろありますよね。
 私はどちらでもいいので、いじめだったり犯罪だったりなくしてほしい。

 最初に、親の責任というのはあるのだろうなあと書いたけれど、躾けるのも親の仕事のうちということはあるかな。
 家庭内でのいざこざがいじめに繋がっているとなれば、ますます親の責任となりそう。

 と書くと、親の負担がどうこうという。

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津市いつくしみの杜

 津市の津斎場が今年から新しくなって、以前の場所から少し上ったところにできています。
 いつくしみの杜というらしいです。

 1月2日から供用されていて、行ったのは初めて。まあ、そう何度も行くところではないとは思う。
 以前の場所は更地になっていたけれど、新斎場への道路に狭いところがあるので、少し使って広げたらいいのにね。

 新しいだけあって、待合室もロビーもあれもこれも綺麗でしたよ。

 火葬炉が12基もあって、これは捗るのかな。以前は3基だったかな? 他の斎場を使わなくして集めるようにしているようなので、増えたということでもないのかな。

 今では棺を置いて自由に動かせる台(モーター駆動かな)があって、棺の上下前後の移動も簡単で、炉への出し入れも楽そう。
 炉への出し入れも、以前はガラガラガッチャーンというか金属音が結構したものですが、あまり気にならなかったような。気のせいかな。

 最後のお別れに、線香を一本供えてくるというのがあったかと思うのですが、焼香だけでした。んー?

 なんだか、かな、が多くて曖昧なのでした。

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末日聖徒イエス・キリスト教会の方々

 会社帰り、私がしょんぼり歩いていたのか、心ここにあらずだったのか、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)のお兄さん方に声をかけられました。
 ずいぶんと久しぶりのことだなあ。

 自転車に乗った二人組のお兄さんというのは、私が子どもの頃から変わらぬスタイルかと思うのですが、つい話を聞いてしまいましたよ。

 しかしながら、仏教と神道がいい加減に混ざり合ったような私には、どうも相容れないというか、そもそも自分が宗教というものをあまり考えていないということは確認できました。

 私は仏教と答えながら、どこにでも神は宿っている(八百万の神)と話したりしてしまいましたし。

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どこまでありのままは許されるの

ありのーままのー
ありのーままでー

 アナ雪は見ていませんので、内容とは切り離してくださいね。

 以前流行ったオンリーワンということで良いのですかね。
 自分探しやら、何かを目指して苦悩するというのでなく、今現在で完全である、という考え方もよく目にします。


 んー、スメハラといいましょうか、きつい香水で気分が悪くなっていたときに思っていたのですけれど。

 街なかですれ違う程度ならともかく、閉め切った屋内では逃げ場がないですよね。消臭剤か消臭スプレーでも買ってこようかと思った。もしくは空気清浄機か。

 香水でなかったら、体臭で同じことになるのかもしれないし、体調によって、同じ臭いを嗅いでいても、気になったりそうでなかったりもあるでしょうし。

 いつだったかドラッグストアで、以前つけていた制汗スプレーのテスターをつけてみたら、匂いがきつい感じがしました。
 匂いに敏感になるのは、進化なのか退化なのか。
 単に許容度が下がっただけなのかもしれないし。

 私はコーヒーは好きですが、苦手という人からしたら、その匂いも避けたいかもしれない。


 ということを踏まえまして、ありのーままのーは、どこら辺まで許されるものなのかなあと。

 好き嫌いもそうですし、体臭のままで香水不要なのか、薄毛は育毛剤やかつら云々でなく、はげ散らかしていたら良いのか、化粧せずすっぴんで良いのか。

 他人に不快感を与えないようにというのも、結局は同調圧力ぽいし。

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財布を盗られる夢って見るよね

 なんか久しぶりだったようにも思うのですが、財布を盗られる夢を見ました。
 人混みで、尻ポケットに入れていた財布がすっと抜かれて、あれ財布がないという感じ。

 他には、財布の入った鞄を置いたままその場を離れてしまい、あっと思って戻ると、財布はあるけれど中身は空だとか。

 うむ、お金を失うことを恐怖に感じているから見るのかねえ。


 以前は結構、禿げる夢を見たな。
 抜け毛なりハゲなりが恐怖だったのでしょう。
 いつからか見なくなったのは、恐怖でなく、現実が追いついてきたからだろうか。諦念というか。

 禿げるといっても、ソフトバンクに乗り換えるという意味ではないです。

 そういやいつからか、ドコモダケが、iPhoneを扱っていないのはドコモだけ、という意味に使われるようになりましたが、それは解消したわけか。

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念仏はありがたいもののような

 初盆です。
 夜はお寺でお坊さんにお経を上げてもらっていたのですが、なんというかなあ。
 葬儀の時も思ったのだけど、ちゃんと唱えていないような感じがします。
 ごーにょごにょごにょ。
 上手下手はありがたみに関係しないのだろうか。

 故人があの世から戻ってきてまた帰っていく、というのを安心して行えないのじゃなかろうか。

 夏風邪のままなのか咳喘息になったのか知らないけれど、お経を唱えていると、喉か気管かがこそばゆくて、咳が出て困った。
 正座で脚が痺れたのは構わないとして、本堂にエアコンがあるわけでもなく開け放しなので、蚊に首を2ヶ所刺された。2ヶ所で済んだという方が良いのかもしれないけれど。

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神社で心を静めよう

神社で心を静めよう

 ある神社でのことですが、おじさん?が騒ぎ出した。

 「みなさーん。(私)ひどいことされましたー。」と周りに聞こ
えるように何度も大声を上げていた。
 なにごと?

 神社の人は、鳥居の前に掲げられている「境内に駐車される方は
必ず社務所へお届け下さい」という看板を示しておじさんに説明し
ていたようです。

 おじさんの方は、怒り心頭というか、そんなの知ったことじゃな
いとばかりにその後も大声で上のようなことを叫びまくっていた。


 んー、良くは判らないのだけど、おじさんが勝手に車を駐めてい
て、それを指摘されたことに逆ギレしたのかね?
 それはないよなあ。沸点が低すぎる。
 車に駐車禁止ですとの貼り紙でもされていたのかな。

 参拝客だぞと怒鳴っていたような気もするが。
 参拝客を装って、車だけ駐めて他の所に行っていた、という罰当
たりなことはしないか。


 どちらに非があるのか判りませんけれど、神社で怒り狂っていて
は世話ないのであって、心静めましょうよ。

 神様は、おじさんが怒鳴ろうが怒り狂おうが気にしないけれど、
神社に務めている人は人間なのだから気を悪くするよ?

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文字のゲシュタルト崩壊

 存在意義を失うかのようなゲシュタルト崩壊はそうそう起きるも
のではないかもしれませんけれど、たまに文字のゲシュタルト崩壊
は起きますよね。

 今回は「始」という漢字でした。

 なんで「始」が始め(はじめ)なのか、女とムと口がただくっつ
いているだけみたいな、この妙な居心地の悪い感覚はなんとかなら
ないものなのだろうか。

 こういうのは、活字やかっちりしたフォントで文字を見たときに
起こりやすいのだろうか。
 行書体などの、つながりのある書き方だとそうは感じないような
気もする。

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やっぱ自殺はいかんよ

「死」は、究極の逃げ です。

佐藤康行『捨てる生き方』

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